つぶやき
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同じ人物、正反対の反応

1987年と2008年。

ある人物によって、2つのある歴史的な宝石が「リカット(石欠けの修復や全く違うシェイプにカットすること)」されました。

同じ人物によるリカットでしたが、それぞれの世間の反応は正反対に。

どうしてそのような反応になったのか、どんな石がリカットされたのか。

今回はそんな「歴史的な宝石のリカット」にまつわるお話です。

ウィンザー・イエローズ—王冠を捨てた愛の証

Wallis Simpson/Public domain, via Wikimedia Commons

1987年。

英国王エドワード8世が王冠を捨ててまで愛した女性ウォリス・シンプソンの死後、生涯にわたって彼女がコレクションしたジュエリーがオークションにかけられました。

その中に、2つのイエローダイヤモンドのクリップがありました。

それはファンシーイエローのペアシェイプで「ウィンザー・イエローズ」と呼ばれるウォリスを象徴するジュエリーのひとつでした。

そのジュエリーを落札したのはロンドンの宝石商、ローレンス・グラフ。

彼はその落札したイエローダイヤモンドをリカットしました。

クリップの部分は「レ・ジョンキール」と名付けられたネックレスに組み替えられ、合計333.61カラットのイエローダイヤモンド群の一部になりました。

彼はこのリカットについて「石の潜在能力を引き出すためにリカットした」と語っています。

ウォリスが身につけていた形は消えてしまったものの、世間や専門家の反応は決して批判的ではありませんでした。

イメージ絵

ヴィッテルスバッハ・ダイヤモンド—17世紀から続く青い石を削る

グラフ社による再カット前のヴィッテルスバッハ・ダイヤモンド/フィソラムス, Public domain, via Wikimedia Commons

それから21年後の2008年。

同じくローレンス・グラフの手によってある石がリカットされましたが、このときの世間の反応は全く違ったものになったのです。

グラフは「ヴィッテルスバッハ・ダイヤモンド」をオークションで2,340万ドルで落札し、翌年リカットを実行しました。17世紀からオーストリアとバイエルンの王室に受け継がれてきた35.56カラットの青いダイヤモンドを、31.06カラットに削ったのです。

これに対して、宝石界の大家ガブリエル・トルコウスキーは「文化の終わりだ」と嘆き、専門家たちは「レンブラントに上書きするようなものだ」と批判しました。

🔻1826年、戴冠式用のローブを身に着けたルートヴィヒ1世(十字架のすぐ下、バイエルン王冠に嵌め込まれたヴィッテルスバッハ・ダイヤモンド。

Joseph Karl Stieler, 1826 / Neue Pinakothek, Munich / Public Domain

批判派と擁護派、それぞれの論理

同じ人物が、同じことをした。なのになぜ反応はこれほどまでに違ったのでしょうか。
批判派の論理はシンプルです。
「歴史的な石の形には、その時代の記録が宿っている。それを削ることは取り返しがつかない」。
石の来歴は、カラットだけでなくその形にも刻まれているという考え方です。
擁護派の論理も明確です。
「石の価値は来歴の名称にあり、形そのものではない。傷や欠けを取り除き、現代の技術で輝きを引き出すことは石への敬意だ」。
グラフ自身も「美しさを生み出すことは罪ではない」と言っています。

「個人の所有物」と「人類の文化遺産」の境界線

バイエルン王の王冠/ジェブロン, CC0, via Wikimedia Commons
Success

バイエルン国王の王冠(ミュンヘン・レジデンツ宝物庫所蔵)。ヴィッテルスバッハ・ダイヤモンドはかつてこの王冠の頂点に据えられていた。(※この写真には存在しません)

ではウィンザー・イエローズとヴィッテルスバッハの違いは何だったのでしょうか。

おそらく「どこまでが個人の所有物の話で、どこからが人類の文化遺産の話か」という境界線の問題です。

ウォリスの石は彼女のものでした。ヴィッテルスバッハは、バイエルン王冠のものでした。

その境界は、誰が引くのか。明確な答えはありません。

削られた重さは、もう戻らない

🔻リカット後のヴィッテルスバッハ グラフ ダイヤモンド

© 350z33 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
ヴィッテルスバッハ=グラフ ダイヤモンド、スミソニアン自然史博物館展示

ひとつ確かなのは、どちらの石も削られたあとも存在し続けているということです。

変わったのは形と、それにまつわる物語の一部です。

宝石は所有者を渡り歩きながら、少しずつ変化していきます。削られることも、その旅のひとコマです。

ただ、削った分の重さは、もう戻りません。

長い歴史を歩んできた宝石の、何に重きを置くのか。

そうした違いが今回のような論争につながったのでしょう。