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同じ人物、正反対の反応
1987年と2008年。
ある人物によって、2つのある歴史的な宝石が「リカット(石欠けの修復や全く違うシェイプにカットすること)」されました。
同じ人物によるリカットでしたが、それぞれの世間の反応は正反対に。
どうしてそのような反応になったのか、どんな石がリカットされたのか。
今回はそんな「歴史的な宝石のリカット」にまつわるお話です。
ウィンザー・イエローズ—王冠を捨てた愛の証

1987年。
英国王エドワード8世が王冠を捨ててまで愛した女性ウォリス・シンプソンの死後、生涯にわたって彼女がコレクションしたジュエリーがオークションにかけられました。
その中に、2つのイエローダイヤモンドのクリップがありました。
それはファンシーイエローのペアシェイプで「ウィンザー・イエローズ」と呼ばれるウォリスを象徴するジュエリーのひとつでした。
そのジュエリーを落札したのはロンドンの宝石商、ローレンス・グラフ。
彼はその落札したイエローダイヤモンドをリカットしました。
クリップの部分は「レ・ジョンキール」と名付けられたネックレスに組み替えられ、合計333.61カラットのイエローダイヤモンド群の一部になりました。
彼はこのリカットについて「石の潜在能力を引き出すためにリカットした」と語っています。
ウォリスが身につけていた形は消えてしまったものの、世間や専門家の反応は決して批判的ではありませんでした。

ヴィッテルスバッハ・ダイヤモンド—17世紀から続く青い石を削る

それから21年後の2008年。
同じくローレンス・グラフの手によってある石がリカットされましたが、このときの世間の反応は全く違ったものになったのです。
グラフは「ヴィッテルスバッハ・ダイヤモンド」をオークションで2,340万ドルで落札し、翌年リカットを実行しました。17世紀からオーストリアとバイエルンの王室に受け継がれてきた35.56カラットの青いダイヤモンドを、31.06カラットに削ったのです。
これに対して、宝石界の大家ガブリエル・トルコウスキーは「文化の終わりだ」と嘆き、専門家たちは「レンブラントに上書きするようなものだ」と批判しました。
🔻1826年、戴冠式用のローブを身に着けたルートヴィヒ1世(十字架のすぐ下、バイエルン王冠に嵌め込まれたヴィッテルスバッハ・ダイヤモンド。

批判派と擁護派、それぞれの論理
同じ人物が、同じことをした。なのになぜ反応はこれほどまでに違ったのでしょうか。
批判派の論理はシンプルです。
「歴史的な石の形には、その時代の記録が宿っている。それを削ることは取り返しがつかない」。
石の来歴は、カラットだけでなくその形にも刻まれているという考え方です。
擁護派の論理も明確です。
「石の価値は来歴の名称にあり、形そのものではない。傷や欠けを取り除き、現代の技術で輝きを引き出すことは石への敬意だ」。
グラフ自身も「美しさを生み出すことは罪ではない」と言っています。
「個人の所有物」と「人類の文化遺産」の境界線

ではウィンザー・イエローズとヴィッテルスバッハの違いは何だったのでしょうか。
おそらく「どこまでが個人の所有物の話で、どこからが人類の文化遺産の話か」という境界線の問題です。
ウォリスの石は彼女のものでした。ヴィッテルスバッハは、バイエルン王冠のものでした。
その境界は、誰が引くのか。明確な答えはありません。
削られた重さは、もう戻らない
🔻リカット後のヴィッテルスバッハ グラフ ダイヤモンド
ヴィッテルスバッハ=グラフ ダイヤモンド、スミソニアン自然史博物館展示
ひとつ確かなのは、どちらの石も削られたあとも存在し続けているということです。
変わったのは形と、それにまつわる物語の一部です。
宝石は所有者を渡り歩きながら、少しずつ変化していきます。削られることも、その旅のひとコマです。
ただ、削った分の重さは、もう戻りません。
長い歴史を歩んできた宝石の、何に重きを置くのか。
そうした違いが今回のような論争につながったのでしょう。

