
カメオの歴史
アゲートやシェルなどの表面にモチーフを浮き彫りにするカメオ。
繊細な彫刻で石の魅力を引き出すカメオは今でも人気の宝石ですが、実はとても古い歴史を持っています。
名前よりも先に存在した浮彫の技法
最も古いカメオはエジプトから出土しており、彫られた時期はなんと紀元前3000年頃。そのカメオは世界最古のカメオとして大英博物館に展示されています。浮き彫りのカメオと逆に、モチーフを沈み彫りをする技法をインタリオと言いますが、カメオとインタリオは同一とみなされていたので、古代エジプトで出土された多くはインタリオでした。
インタリオ↓


作品名:『ガーネット製インタリオ(プトレマイオス朝の女王像)』
出典元リンク
使用された材質はアゲート、クォーツ、ラピスラズリやターコイズなど。
紀元前3000年の時点で石に彫刻や研磨ができる技術があったのは驚きですね。
浮き彫りの彫刻技法に「カメオ」の名が使われるようになったのは 13世紀に入ってからで、名の由来はフランス語で「二色の宝石」を意味するcameheu(キャメウ)とされています。
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ギリシャ神話の神がモチーフ~古代ギリシャ時代~
紀元前9世紀~1世紀頃とされる古代ギリシャ時代。
その時代のカメオのモチーフは、自然界の神でした。
日照りや雷雨、台風などといった気象予測は今でこそ気象予測が可能となりましたが、古代の人々にとって自然現象は太陽神ゼウスの起こすものであり、大変な脅威でした。
そのため、ゼウスをはじめとした祈りの対象である神々の姿がカメオのモチーフに選ばれ、海の荒ぶる神、戦いの神、豊穣の神などの姿をカメオにして祈ることで、平穏な暮らしを得られると考えられていました。この時代のカメオはアゲートやカルセドニーが主に使用されていましたが、そのほかヘマタイトなども使用されています。
英雄のモチーフがかっこいい~ローマ時代~
紀元前1世紀~紀元4世紀にはローマ帝国が周辺諸国を次々と侵略し、いわゆるローマ時代へと変わります。
神々のモチーフで祈りのアイテムだったカメオは戦いの勝者が手に入れる戦利品となりました。
それまでの宗教的な意味を持っていたカメオは、権力者や富裕層がより美しく芸術的なものを収集し、富や権力の証になります。
そして権力者の威厳を示すため、カメオのモチーフはローマ皇帝とその一族が主流となりました。またこの時代のカメオやインタリオは指輪にして家紋を入れた「印章」としても使用されていました。現在のイギリスのケンブリッジ大学などで卒業記念に作られるカレッジリングのデザインは、この印章がルーツとなっています。
この時代でも使用されていた石はアゲートをはじめとするクォーツでした。

大英博物館所蔵「サードニクス製 ゼウス像カメオ」
ローマ帝国期(1世紀〜2世紀 AD)ですが、ギリシャ的スタイルを強く継承した作品(ギリシャ美術の伝統を反映)
画像提供:© The Trustees of the British Museum(パブリックドメイン)
収蔵品番号:1867,0507.3
慎み深く、質素に厳かに~中世期~
中世期とよばれる5世紀~14世紀は、ヨーロッパ全土にキリスト教が広まり、すべての分野でキリスト教なしでは語れない時代となりました。8世紀~9世紀にかけては東ローマ帝国でイコノクラスム(偶像破壊運動)が起き、キリスト教以外の神の像は破壊される行為があり、ギリシャ神話の神をモチーフにしたカメオも対象となることもあったようです。
そのためカメオやインタリオのモチーフもイエスキリストや聖母マリアのものが主流となり、キリスト教の教えや威厳を示すものになります。
けれども残念ながら、この時期のカメオはクオリティが低いものが多く、カメオの人気も廃れていきました。

ビザンティン美術のカメオブローチ(聖母子とキリスト像)11〜12世紀、カルセドニー
素材:カルセドニー(chalcedony)のカメオおよび金枠に装飾石付き
所蔵:The Metropolitan Museum of Art(メトロポリタン美術館)
パブリックドメイン(Public Domain, CC0)
華やかに贅沢を極めよう~ルネッサンス期~
15世紀~16世紀ではイタリアを中心に、堅苦しかったキリスト教のしきたりから再び古代ギリシャ・ローマ時代の、華やかで古典的な文化を再生しようとする「ルネッサンス文化」が広まっていきます。
イタリア・フィレンツェの大富豪・メディチ家は美しく繊細なカメオを称賛し、ほかの宝石と一緒にカメオの収集にいそしみます。また収集だけにとどまらず、一流の金細工の職人や彫刻家を呼び、宝飾品となる最高級のカメオの制作にも力を注ぎました。
その結果、中世では廃れていたカメオは、再びギリシャ神話をはじめとする神々や古代ギリシャ・ローマ時代の英雄の他、愛する女性がモチーフとなり、男性の宝飾品として貴族の間で人気になりました。ルネッサンス期ではアゲート・カルセドニーの材質の他にシェルを使用したカメオも生まれました。

ロレンツォ・デ・メディチ氏
パトロンとなって数々の芸術家をサポートした。
画像:Girolamo Macchietti作『Lorenzo de' Mediciの肖像』
出典:Wikimedia Commons
CC BY 4.0
いつの時代もブームはカリスマが作る~ナポレオン・ヴィクトリア時代~
19世紀に入るとカメオブームが再来します。
カメオブームの第一の立役者はナポレオン。
フランスで生まれたナポレオンは軍人として頭角を現し、周辺国を次々と侵略していきます。イタリア遠征を終えたナポレオンは、カメオを目にし、その美しさに魅了されます。
そしてそのカメオは戦利品として持ち帰ったのでした。
ナポレオンはカメオをこよなく愛し、戴冠式使用された王冠もたくさんのカメオが装飾されています。
そしてナポレオンは愛する妻ジョセフィーヌをはじめ、側近の者にもカメオを身に着けさせました。

画像:ジャック=ルイ・ダヴィッド作『ナポレオンの戴冠式』(1807年)
出典:Wikimedia Commons(リンク)
パブリックドメイン
戴冠式の様子は画家ジャック=ルイ・ダヴィッド氏によって「ナポレオンの戴冠式」のタイトルでフランスのルーブル美術館にて展示されています。
絵画には女性もカメオを身に着けている様子が描かれ、それまでは「男性のみが身に着ける装飾品」だったカメオは「女性も身に着けてよい装飾品」として、広く浸透していきました。
また大英帝国に即位したヴィクトリア女王もカメオに魅了された人物の一人です。
ヴィクトリア女王は世の女性の憧れの的であり、彼女の所有するカメオも人々の目に留まり、最高のジュエリーとして知れ渡り、女性の間でも宝飾品としてカメオは浸透していきました。
カメオを彫る材質もアゲート・カルセドニー・シェルの他、アイボリー(象牙)やコーラル(珊瑚)、アメシストやエメラルドなど、バリエーションも増えていきました。
古代から近世までは、カメオは男性のみが手にするものでしたが、ナポレオンやヴィクトリア女王の影響によって、女性の間でもカメオは定着していきました。

『ヴィクトリア女王 ゴールデン・ジュビリーの肖像』(1887年頃)
画像出典:Wikimedia Commons
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愛する夫を亡くした後、長く喪にふけた時にはジェットのアクセサリーを身に着けたことが有名。またジェットで作られたカメオも所有していた。
現代
現代でもカメオは宝飾品として愛されています。
アゲートを主な材料とするカメオ(ストーンカメオ)とは、ドイツのイーダー・オーバーシュタインが聖地といわれています。
そしてシェルを材料とするシェルカメオはイタリアのトッレ・デル・グレコが聖地と呼ばれています。
またその他の地域でも、伝統的な技法は師から弟子に受け継がれ、繊細で美しいカメオが作られています。
現在ではモチーフも、神々や天使、風景画はもとより、鳩や子猫などの動物や花々など、バリエーションも大幅に増えています。
現在では彫刻技術も進化し、素材はストーン・シェル・コーラルなどのほかに、金属に加工するメタルカメオといったジャンルも存在します。みなさんのお財布に入っているコインも技法の話でいえば浮き彫りですね。
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まとめ
カメオの歴史はいかがでしたか? 深い歴史のあるカメオは時を経て、いまでは誰もが自由に手に入れられるジュエリーとなりました。
身に着けられる芸術作品「カメオ」。ひとつはほしいものですね。
材料としてつかわれた宝石